教材研究のポイント⑤ 教材に対する理解を深める

 教材がもつ意義と意味をふまえて授業を構想するためには、単に教材文を読むだけではなく、その教材の背景にあるものや社会との関わり、歴史的な事実などをふまえ、教材そのものへの理解を深めることが重要です。

 この指標における最初のレベルは「教材に示された事象やその背景を知る」ことです。例えば、「いのりの手」や「小川笙船」など、実話や具体的な人物をもとにした教材の場合、その教材のもつ事実や背景を知ることが、教材に対する理解を深める第一歩となります。
 また、「泣いた赤おに」や「花さき山」など、絵本や物語をもとにした教材においては、元の物語がどのように編集され道徳科の教材となっているかを知ることで、効果的な活用の在り方について考えることができるでしょう。
 さらに、「手品師」や「おかあさん(ブラッドレー)の請求書」など定番とされる教材は、これまで蓄積されてきた教材についての情報や、原作者が教材に込めた思いなども知ることができます。

 私たちが教材と向き合おうとするとき、その教材に関する情報が少ないほど、教材解釈と分析が、教師の意識と体験に依拠しすぎてしまう傾向があります。しかし、教師による教材の一面的な見方は、子どもたちに教師の見方や考え方を押し付ける結果を招きかねません。子どもたちの多面的・多角的な見方を保障するためにも、教材に対する多様なアプローチによる理解を深めたいものです。

 そのうえで、社会で規定されている法やきまり、教材に取り上げられた人物や事象の詳細などの客観的事実に基づいた理解を深めることが、レベルアップのポイントです。
 ここで留意したいことは、教材についての解釈を、教材作成者の主張のみにとらわれないようにするということです。教材作成者が教材に込めた思いを知ることには、一定の意味があります。しかし、その見方を絶対視して、教材解釈やその活用の在り方まで限定してしまったのでは、道徳科の学習の新たな形式化や形骸化を招きます。

 例えば、「雨のバス停留所」では、軒下で雨宿りをする人たちの列が、バスを待つ並び順だとする場面が提示されます。しかしこれは暗黙の了解というべきものであり、きまりやルールは存在しません。にもかかわらず、この教材では、その場の空気を読んで行動することが善とされています。さらに、この暗黙のルールを、母親が無言の圧力で主人公に感じさせようとします。教材が示すこれらの状況に、教師が問題意識をもって考えることが、教材を効果的に活用するための新たな可能性を開く場合もあるのです。

 「この教材の作成者は、こういう思いを込めている。だから、この指導法でなくてはダメだ」という話を、これまで幾度となく聞いてきました。教材に示された状況に疑義をはさむことが許されないとすれば、どうして子どもたちの多様な考えを保障するような授業ができるでしょう。私も教科書教材の作成者のはしくれとして、「一度教科書の教材として掲載された以上、それがたとえ批判的な活用であろうと。授業者と子どもたちがどのように活用してくれてもかまわない」という思いをもっていますし、それが教材作成者の矜持だろうと思うのです。

 教材についての見方を狭めるのではなく、広げていくための教材研究によって、道徳科の授業力は向上するでしょう。