授業の成否と教師の成長

私たち教職員は、授業をより良いものにしようという願いをもち、そのための研鑽を重ねています。ですから、日々の授業の善し悪しについて、一喜一憂することも少なくありません。念をいれて教材研究をした授業であるほど、その成否にとらわれがちです。

 

「うまくいった」と手応えを感じたのならば、それは率直に受け止めればよいと思います。しかし、「うまくいかなかった」という時こそが、大切なのだろうと思うのです。

 

「うまくいかなかった」と感じる理由には、様々な要因が考えられますが、授業である以上、それらは全て「教材と教師と子どもたち」という三者の関係性の中に存在します。「うまくいかなかった」と感じる授業には、そのどこかに自分が想定しなかった課題があり、それが顕在化したということです。それは、「うまくいった」と感じる授業では、決して気付くことができません。

 

そして、「うまくいかなかった」と感じる授業で顕在化した課題こそが、自分自身が教師として成長するための羅針盤となります。「うまくいった」という成功体験だけで進んでいくことは、かえって進むべき道を危うくすることがあります。


「うまくいかなかった」ことを冷静に見つめ、羅針盤に示された方向に進んでいくことが、遠回りに思えて、実は一番の近道であることか多いと感じています。